アベノマスク

 今日、郵便受けにマスクが入っていた。差出人は「厚生労働省医政局経済課」とあった。いわゆるアベノマスクだ。緊急事態宣言の解除が検討されている今日この頃なのに,阿部さんもこんなに配布が遅れるとは思っても無かったろう。  たしかに、宛名書きも無しで郵便を使い、ポスチングでやれば早く配れるはずだがだ、なぜ、こんなに時間がかかったのだろう。マスクの手配か、配送か。 郵便事業の支援ということも推察できるのに、まさか民営されて久しい郵便の労組がサボタ-ジュしたなんて思いたくない。事態が一段落したら是非解明してもらいたい。 受け取ったマスクの台紙には「3つの密を避けましょう!」と書いてある。都知事はさかんに叫んでいた「三密」、集,近,閉だ。ネットを見ていたら「習近平」と揶揄していた。武漢ウイルスの流出を隠蔽した責任者の来日、しかも国賓としての招聘は是非ともやめてもらいたい。

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みどりの日

height="640" border="0" />今日はみどりの日、窓から眺めると桜若葉が美しい。 みどりの日大連休を現出す 持名 まあ、大連休と云っても、武漢コロナによる緊急事態宣言発出中、外出自粛で、どうと云うこともない。それに、こちらは隠居の身、毎日が休みだ。永く蟄居していたら、外出が億劫になった。髪も髭も伸び、受難曲の村人の役ができそうになってきた。昨日はあまりにも天気が良いので、マスクで髭面を隠し、薬局へ目薬を買いに行ってきた。外はすっかり初夏の景色になっていた。八重桜も終わり、今は躑躅が綺麗だ。若いときは五月の青葉を見るとハイネの「美しい五月に」を思い出したものだが、年を経たいまでは心がときめくものではない。むしろ杜甫の「絶句」をおもいだすようになった。 江 碧 鳥 逾 白  山 青 花 欲 然 今 春 看 又 看 何 日 是 帰 年 戦乱で四川に逃れ、青山を彩る躑躅を見ながら、長安に帰へれる日を待っていたのだろう。四川省の東隣,長江の下流は湖北省である。武漢コロナの退散を待つ思いに重なる。 帰りに公園の池に立ち寄ったら、笹五位を見つけた。真っ白い鳥ではないが、杜甫の詩に平仄を併せてくれたのだろう。

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葉桜と八重桜

 天気は回復したが、相変わらず引きこもり。窓から見るとソメイヨシノはすっかり葉桜になり、その新緑の向こうに満開の八重桜が見える。綺麗だ。 麗しき春の到来にもかかわらず、武漢ウイルスのせいで、人と人との触れ合いが自粛とは情けない。昨日はペイン・クリニックの予約日だったが、掛かりつけ医の忠告に従い、病院に電話し、医師と問答のうえ、処方箋を郵送してくれることになった。だが,昨年末にその病院で目の手術をし、1月の診察の際に3月後に来院するように言われているが、おそらく延期されるだろう。 身近でも様々な集会や行事などが中止される。四月の句会はネットによる投句、選句方式となった。掲示板を見ると、団地管理事務所も月・水・金のみ開設に縮小された。地区の行事として各管理組合、自治会、商店街、小中学校PTAなどと共催の「夏祭り」は準備のめどが立たず中止となった。 ウイルス禍の退散をひたすら祈念する次第だ。

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夕桜

 外出の自粛が続いたため、外出が面倒になった。TVはコマーシャルで細切れ、内容も面白くない。この頃はもっぱら読書とPCでyoutubeの動画を楽しんでいる。  しかし、ニュースで都心の桜の満開が報じられると、運転免許を返納し、蟄居している身が情けない。窓から、ようやく咲きそろってきた桜を眺められるのが慰みである。 独り酒窓越しに見る夕桜

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奇妙なお土産

 昨年、俳句の仲間がシルクロードの旅に行ってきた。句会のおやつとして頂いたのが、写真の「喀什西梅干」である。 「喀什西梅干」の喀什は中国新疆ウイグルのカシュガル市、西梅干は乾燥プラムを意味する。これがとても不思議なのだ。本棚に置いておいたらパンパンに膨らんできた。  山登りをする人なら、菓子を詰めたビニ-ルの袋が山では膨らんでいたことを知っているだろう。気圧のせいなのだ。  カシュガル市の標高は1.200m.私の住んでいるところよりも遙かに高い。現地より気圧が高い平地で包装が膨らむのが不思議なのだ。低気圧が通過するときなどは著しく膨らむ。 ,  

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天香具山の命と弥彦山

10月の下旬、弥彦山に行ってきた。  ネットで検索していたら、弥彦神社門前の旅館三日間と云うのがあり、集合も東京駅12時10分、ゆったりとして良い。中一日はフリ-なので弥彦山に登ることができるから早速申し込んだ。   三彦山というのがある。新潟県の弥彦山、福岡県の英彦山、兵庫県の雪彦山がそれで、いずれも修験の山である。 私は、自分の名に彦の一字があるので、彦と云う字を持つ山に特別な親しみを覚えており、いつかは三彦山に登ろうと思っていたが、俗事に追われて年老いてしまった。弥彦山はせめてもの思いだ。 弥彦山は神体山である。三輪山を仰ぐ大神神社と同様に、山頂にはアマノカグヤマノミコト(天香具山尊)の御廟があり、山を仰ぐように弥彦神社が鎮座している。 早朝、神社にお参りした。宿を出るとすぐ神社の鳥居がある。  さすが、越後の一宮として重厚なたたずまいだ。約13ヘクタ-ルあるという境内には、多数の老杉や古欅が見られる。弥彦神社は古くから土地の人々から伊夜日子大神“おやひこさま”とよばれ親しまれてきた。  いやひこ おのれ神さび 青雲の棚引く日すら こさめそぼふる 万葉集巻16--3883  日本海に面した独立峰だから、小雨がちの日が多かったのだろう。この日も小雨交じりの風の強い日であった。  神社の左手にロ-プウエイ山麓駅への無料送迎バス乗り場があり、ロ-プウエイで山頂駅までは約5分、早朝のせいかバスもロ…

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美ヶ原と松本城

 7月以降ブログをアップしていません。暑い夏だったせいで体調を崩してしい、秋になってようやく体調が快復して、山の仲間の山行に動向することができま  美ヶ原は標高2034m、アルプスの展望台と云われ、松本から、ホテルのシャトルバスを利用すると、容易に行けるので、高齢者の散策に適しています。特急あずさ13号で松本駅集合。久しぶりに西の宮居住の六甲の君も参加、また長らく欠席が続いていたアカゲラのお兄さんも参加し、6名の仲間が集まりました。  松本駅前の指定された場所で、迎えのバスを待っていても、なかなかそれらしいバスが現れない。声を掛けられて大型のバスがそれと判り驚きました。  送迎バスで一挙にホテルに到着。そこは美ヶ原の最高地点が王が頭で、王が頭ホテルの玄関の柱に標高2,034mの表示がありました。この狭い台地状の場所ににホテルやアンテナがたっていて、最高地点を表す標識はホテルの裏側にありました。  ここの見晴らしは素晴らしいと云われていますが、あいにくの秋の空、すぐ霧が立ちこめてしまいます。初日は夕雲を撮っただけで満点の星に面恵まれません。  翌朝、日の出を狙ったのですが、雲に邪魔されました。朝食まえにホテルのバスで王が鼻までハイキング、王が頭寄り一段低いピ-クで、王が鼻神社という御嶽山の遙拝所があります。多くの石像が向いている方に御岳山が見えるはずですが、ここでも雲が邪魔。  ホテルに戻り朝食。昨日の夕食以来飽食気味のところまたご馳走責め。食後私達のプランで、美…

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13日の金曜日の出来事

 ここ数日、暑い日が続いている。先日、やはり暑い日だったが世田谷代田にある斎田記念館に行った。新聞に「花鳥礼讃-渡辺省亭・水巴父と子、絵画と俳句の共演-」の紹介記事が出ていた。妻に見せたら是非行きたいと云うので出かけた次第である。 省亭(1851~1918)は江戸の神田生まれで、明治の時代に活躍した花鳥画の大家で、日本画に西欧の写実表現を取り入れ、近代日本画の基礎を作った画家であるが。画壇から距離を置いて制作を続けていたために日本ではあまり知られることがなかった。  しかし、最近注目されてきて、昨年3月「SEITEI 蘇る!孤高の神絵師 渡辺省亭」展が開催された。このときに発行された画集を娘から貰い、大切に保管している。この画集で俳人の水巴が省亭の子であることを知った。   今回の展示は省亭没後100年を記念して開かれたもので、斎田記念館秘蔵のコレクションが公開されていた。  子の水巴(1882~1946)は浅草小島町の生まれ、俳人として大正はじめの「ホトトギス」で活躍,後に独立して曲水吟社を設立し、「曲水」発行し、主宰した。「白日は我が霊なりし落葉かな」 この句が代表句とされている。   私がこの句に初めて出会ったのは高尾山だった。一号路の男坂の108段の石段を登ってすぐ右側に句歌碑が並んでいる。そこにあった。意味はつかめなかったが強く惹かれるものがあった。文献などに当たり、いろいろ考えているがいまだにわからない。  展示会では 省亭の作品はガラス越しに見る…

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二人だけの例会 都立舎人公園行

 昨日は雨。気象庁は昨日から関東甲信越地方が梅雨に入ったと宣言した。ところが今日は良く晴れている。梅雨入り直後の晴れは良くあることらしい。これからは、本格的な梅雨空が続くだろう。  ところで、今回の友人Oさんとの[二人だけの例会」が私の当番で、お絵描き歌に「6月6日に雨ざ-ざ-降ってきて」と唄われているので、二人の都合の良い日から6日を避けただけなのだが、5日の開催としたのは正解であった。  どこにしようか迷ったが、老人二人では遠出はできない。まだ、日暮里舎人ライナーに乗ったことがないので、これで終点の見沼代親水公園駅まで行き、親水公園の一部でも見てから都立舎人公園に行くことにした。  日暮里舎人ライナーは完全自動運転、ホームドアが完備しているので、撮り鉄には不親切だ。  Oさんは駅近くに舎人氷川神社という古い神社があると云うので、まずそこを尋ねる。創建は、鎌倉時代初期、大宮の氷川神社を勧請したもので、祭神は素盞嗚尊。  拝殿は切妻の大屋根に覆われていて勾欄もない質素な造りだが、総檜造りの本殿には昇龍,降流や唐獅子、牡丹などの見事な彫刻が施されていると云うが、残念ながら全体が鞘堂で覆われ、周囲は金網越しにしか見られない。  見沼台親水公園は利根川から取水した用水を埋め立て道路とし、一端をせせらぎの小道として、公園化したものだろう。特段散策する気もそそられないので、2駅引き返し、舎人公園に行く。  東京ドーム15個分という広大な敷地は回りきれるものではない。北東のエ…

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高尾山のセッコク

 一昨日、久しぶりに高尾山に行ってきた。セッコクが咲いたか気になっていたからである。高尾山の寺務所で尋ねたら、薬王院境内の大杉に咲いていると言われ、写真を見せてくれた。ケーブルカー清滝駅(下の駅)のホ-ムの桜の木にも見られると教えて頂頂いた。6号路の情報は高尾ビジタ-センタ-が休日のため得られなかった。  【セッコク、ケーブルカー清滝駅で】 駅係員の話では例年より2週間早く咲いたそうだ。  セッコクはラン科の植物で、普通のランと異なるのは着生植物ということ、大木などに着生していて、寄生してはいない。だから、台風など大風で飛ばされて、別のところに着生したりする。以前は高尾山Ⅰ号路布流滝の手前150m あたりの杉の老樹に見られたが、今はもう見られない。  高尾山土産として売られていた頃もあった。6号路では、杉の大木から細いロ-プが垂れていたのを見たことがあるが、セッコクを狙って、錘りのついたロ-プを投げ、絡めて取るのに失敗したものだと教えられたことがあった。  セッコクは薬用にもなると云うので、乱獲されていたが、今では、環境省の絶滅危惧種に指定され、保護されている。(Category:絶滅危惧IB類)

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バラとカルガモ

 昨日一昨日と続けて銀行に行った。手元不如意となったので、現金を引き出そうとしたが、暗証番号が違いますと表示が出た。何回やってもだめだ。それで受付で尋ね、調べてもらったら、何度も違う暗証番号を打ち込んだためにカードがブロックされてしまったのだと云う。  解除するためには、官公庁発行の本人を確認できる書類と銀行口座に使用している印鑑が必要だと教えられた。お持ちですかかと尋ねられたが、判子を持ち歩くのが面倒だからカ-ドにしているのだ。それで、結局二日続けて、銀行に行くことになった。この頃もの忘れがひどい。呆けが始まったか心配だ。  久しぶりに公園を抜けて帰った。バラが丁度見頃だった。パーゴラのバラも素敵だ。  光の池にはカルガモの親子、小鴨は12羽。大きな子は小さな子の2倍ほどもある。親鳥はいつも注意深く小鴨達を見守っている。若い人が2人、望遠レンズで池のすぐ端で、小鴨の動きを追っていた。すると親鳥が突然離れたところから飛び立って、彼らの前に着水、 水しぶきで驚かしていた。

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中綱湖、長峰山ハイキング

5月の1~2日、写真撮影の隠れた名所、中綱湖と長峰山へ、山の仲間と行ってきました。  中綱湖は仁科3湖のひとつで、青木湖と木崎湖の間にる小さな湖で、近頃オオヤマザクラが人気があるそうです。私たちも、オオヤマザクラを狙って、民宿に予約していたのですが、宿に問い合わせたら、このところの暖い日が続いたため、散ってしまったとのことでした。  そこで第1日目の日程を変更して、時間調整に信濃大町の市立大町山岳博物館に立ち寄ってから、中綱湖に行くことにしました。  この日は素晴らしい晴天で、博物館の展望ラウンジから見た白銀のアルプスの連山には感激しました。 【展望ラウンジから見た蓮華、爺が岳、鹿島槍、五竜】 【 山岳博物館前広場から、山桜とアルプスの眺望】  中綱湖は大糸線簗場駅のすぐそば、民宿は、駅から5分ほどのところにあり、 湖畔を逍遥したり、して過ごしました。   【中綱湖】  この辺の標高は約825m、かっては交通の要衝で、塩の道の中継地だったそうです。  二日目はメイスト-ムが来ると云う予報で天気は下り坂、心配しながらも、雨に降られずに長峰山(933.3m)に登頂出来ました。ここは、かって、川端康成、井上靖、東山魁夷が絶賛した素晴らしい眺望が見られるそうですが、残念。長い道のりを篠の井線明科駅へ下りました。 【穂高駅の道祖神】 【長峰山頂の展望】 【明科への下りで藤の花】

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放射線基準値値についての検証開始

 ちょと古くなるが、2月12日の産経新聞に国の放射線審議会の事務局を務める原子力規制委員会が福島原発事故後に国が設けた食品の放射線基準値について、審議会で議論する方針を固めたと報じた。  また、審議会では、除染の目標とされる空間線量に検証0.23マイクシ-ベルトについても、規制委員会の提案を受け次回総会で議論してゆくことが決まっている。  基準値については、「復興の弊害か風評予防か」関係者から科学的正しさだけではない難しさがあるいと云われているが、このように利害が絡まる課題について、科学的に議論することになったことは一歩前進として喜ばしい。あまりにも遅きに失したと思うが、今後の審議に期待したい。  この新聞の記事を読んで、川口マ-ン恵美著「復興の日本人論-誰も書かなかった福島-」2017年12月1日(株)グッドブックス刊を思い出した。  「重大な風評の被害といえば、福島第一の現場の汚水だ。福島第一原発は廃炉に向かって進んでいるが、敷地にはたいへんな数の汚染水の貯蔵タンクが並んででいる。現在核燃料棒の冷却のために注入されている水が、毎日3百トン、これは放射性物質を取り除きながら、循環させて使っているのでさほど問題がないが、建屋の下には、ほかに山側からたえず勝手に地下水が流れ込む。汚染は微量だが、とはいえ、そのままにして置くわけにはいかず、集めて、やはり浄化装置で処理している。 この浄化装置は、日本で開発された世界で屈指の優れたもので、有害物質はすべて取り除いてくれるが、ひとつ…

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東京の初雪

  昨日はかなりのな降雪が予想されるという予報で、外出は控えていた。多摩でも朝からどんよりとした雪空である。北窓からは4,5日前から裸木に掛かっていたいる白いビニール袋、魂のような形に見えるのだが、風に揺れていた。  10時半頃から雪が降り出した。ベランダに吹き込んでくる雪を見ていてマロを想った。猫だって雪は好きだ。マロは吹き込んでくる雪と戯れるのが好きでベランダに出せと大騒ぎをしたのだった。 東京の初雪は4年ぶりの大雪になった。雪のため交通は大混乱に陥ったが、テレビではその様子が繰り返し放送された。引退した身にはそうゆう目に遭わず、テレビを眺めていられるのは有り難いが、仕事をなさっている方々の苦痛は思いやられる。  東京の雪は降り続くことがはない。雪晴れの朝を迎えた。あの魂は相変わらず裸木に揺れている。    

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冬の京都三連泊 その四

 四日目、前日は大分歩いたので、この日は観光タクシ-を頼んだ。是非とも行きたいところとして上賀茂神社、下鴨神社と相国寺を指定した。  上賀茂、下賀茂の二つ神社とも、1994年に世界遺産として登録された「古都京都の文化財」である。神社は何時お参りしてもよいものなので、8時にホテルを発ち、まず上賀茂神社に詣でた。  早朝の神社はすがすがしい。観光客の姿も見えない。冬晴れの空に一の鳥居が栄える。単純な形の鳥居もこうして見ると美しい。    上賀茂神社は加茂別雷神社といい、主祭神は加茂別雷大神(カモワケイカズチノオオカミ)若々しい力に満ちた神鳴りの神様で、御神体は神社の背後、北北西に見える神山(コウヤマ標高301.5m)である。 細殿(拝殿)の前に「立砂」とい円錐状の二つの砂山があり、御神体である神山を模したもので、頂きに刺された松の葉は神を導くものと言われている。  この神社は京都で最も古い社と云われており、不可解なところが多い。 社殿の構成も変わっている。細殿の右横にある屋根付きの橋殿を渡り楼門を通ると回廊の中に御神体を祀る本殿と常設の仮殿である権殿がある。この一画は細殿とは独立の信仰区域のように思われるが、どうだろうか。    加茂神話によると、加茂玉依媛は上流から流れてきた朱塗りの矢で身ごもり、御子を授かった。御子が成人した祝の席で、加茂族の長祖父が「汝の父と思う神に盃を捧げよ」といい、盃を…

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冬の京都三連泊 その三 

【第二日】承前  地図で見ると金戒光明寺は岡崎神社のすぐ隣のように見えるが、丸太町通りに直に面してないので、どこから入れば良いのかわからない。近くにいた人に道を訪ねた。途中猫を発見。ご機嫌を伺い、写真を撮らして頂いた。 早朝なので観光客の姿は見えない。石段を登ると重厚な山門がある。法然上人源空が開山した浄土宗の大本山であり、「紫雲山・くろ谷金戒光明寺」という。   幕末の動乱にあたり、松平容保公が京都守護職に任ぜられたときに本陣を構えられたのがこの黒谷の地であり、新選組発祥の地でもある、石垣で囲まれた高台にあるの広い境内に往時を偲んだ。 高台から瓦屋根越しに眺める景色が良い。  信者らしき男性が一人現れ本堂に入ったので、我々も中に入り荘厳された阿弥陀如来を拝礼した。若冲の「鶏図」は非公開なのは残念。  バスに乗り「銀閣寺道」で下車。「白砂村荘橋本関雪記念館」の開館にはまだ早いので銀閣寺へ。銀閣寺にはもう観光客が大勢押し寄せていた。修学旅行で訪れたきときと印象が違う。数回訪れているという妻も印象が異なるという。  白砂村荘は、大正・昭和期の京都画壇で活躍した日本画家橋本関雪自らの設計による建造物と庭園、収集した銘石、仏像などの石像美術品からなる,10,000㎡の空間である。目指すMUSEUMには、順路に従い庭園内を散策しながら行くようになっている。残念ながら紅葉の時期は過ぎ去り、庭師が整備している最中であった。それでも…

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冬の京都三連泊 その二 

【第二日】 この日は「白沙村荘橋本関雪記念館」が目標であるが、10時開館なので、その前に岡崎神社、黒谷金戒光明寺、銀閣寺に立ち寄るコ-スを考えた。  岡崎神社は、左京区の岡崎東天王町にある。かってはこんもりとした森に囲まれていたに違いない。今は敷地の一部がホテルに分譲されているようだ。祭神は、スサノウノミコト、クシイナダヒメノミコト及びその御子三女五男八柱神を祀る。  社の階を昇った正面の縁には、向かって右手に縁結びの招き兎、左手に金運の招き兎が鎮座している。  境内のあちこちに兎の彫刻が多く見られ、京都市の説明板によれば、「古くから、うさぎが氏神の使いと伝えられ、祭神が子宝に恵まれ、うさぎが.多産であることから子育ての神として祈願信仰されている」とある。オオクニヌシノミコトと因幡の素兎の石像もあった。オオクニヌシは素兎の託宣で兄神に勝ってヤガミヒメと結ばれることができた。彼の担う大きな袋は福袋を思わせる。今では、兎の縁で縁結びと金運の神として信仰されているのだろう。  この神社は謎だらけだ。兎は「消された大王」といわれる饒速日(ニギハヤヒ)のシンボルである。本来の祭神がすり替えられているのかもしれない。「古くからうさぎが氏神の使いと伝えら」れてきたというのも気になる。  この社は、桓武天皇の平安遷都の祭に王城鎮護のために平城京の四方に祀られた大将軍の社である。大将軍は、魔王天王とも呼ばれる陰陽道大鬼神である。都の東方に鎮座するので「東天王」とも言われ、現に「東天王町」という…

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冬の京都三連泊 その一

掲載が前後してしまったが、12月10日から13日にかけて妻と京都に行ってきた。かっては愛猫のマロを残して旅行など考えられなかったが、マロが逝ってしまい、我々も残すところわずかになって、妻は二人で気ままに京都を楽しみたいという。   ネットで検索して、新幹線往復京都自由行動3連泊というツアーを見つけ、早速申し込んだ。ホテルと新幹線は確保されたものの日程は自分で組まなければならない。博物館や美術館を主に廻ろう思ったが、月曜日はほとんどが休館、それに丁度市シーズン・オフで展示の入れ替えや改装などによる閉館が多い。それで京都の市街地図に行きたいところをマ-クしておき、あとは現地で交通事情など勘案して決めることにした。 【第一日」   新幹線「ぞみは」の京都着は14:25。時間を有効に過ごしたいので、ホテルに直行せず、手荷物をロッカ-に入れ、タクシ-でハリストス正教会へ向かう。運転手からは怪訝な顔つきで念を押された。   ここを選んだわけは、安野光夫氏の「洛中洛外」のスケッチで見たロシア・ビザンチン様式の木造の教会がとても印象に残っていたからである。    実際に現地で見る教会は、背後に緑の山 々見えず、再開発が進む都会の雑踏の中に静かに佇んでいた。 ここから御池通を挟んで南に「京都文化博物館」がある。地図上では近いが、夕暮れの京都の町で尋ねながら漸くたどり着いた。「木島桜谷の世界」展がお目当てである。桜谷は大正から昭和初期にかけての日本画家であり、桜…

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年を経た同期会

 昨日出席した同期会は16名で発足し、年2回幹事の持ち回りで開催してきたが、今年でもう44年となる。会員も高齢化してきて、現在連絡を取り合う会員は13名であり、ここ数年、昼の会食としているが、全員の出席は難しくなってきた。  今回はMさんとOさんの幹事で、会場は御徒町駅前の「吉池食堂」で、開催の案内には、「校長が始めた鮮魚店」という新聞の切り抜きの写しが同封されていた。  それによると「吉池」の始まりは、学校の先生が始めた魚屋であった。創業者の高橋与平氏は新潟県出身で、30歳にんる前に東京の小学校の校長を務めていた。転身のきっかけは伊豆の大島で病気療養していて、安定した流通網を作ることで、多くの人に魚を届けることを考えて36歳のときに魚屋を始めたという。  ここ吉池は創業者の縁で多くの新潟出身者が勤めており、新潟出身のMさんも県人会の会合などよく利用するとのことで、私たちの会合に店からと佐渡の銘酒北雪が1升瓶で差し入れられ、8名の参加者は銘酒をたしなみながら談論の花を咲かせた。   【Mさん推薦の新潟の銘酒】  今回、一番若いYさんが老人ホームに入ったという連絡には驚かされた。年寄りの会合の例に漏れずいつしか病気の話になったしまった。  会長のSさんから非常に貴重な体験が披露された。彼は6月、息苦しさを感じ階段を上るにも苦しく、すぐに病院で精密検査を受けたところ片方の肺の入り口に癌が見つかり、すぐに手術を進められたという。しかし、彼は年齢を考え、手術によらない治療を希望した。抗…

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