高尾山へ

 昨日は11月の最後の日、慌てて高尾山に行って来た。11月はパノラマ台とこの高尾山健康登山で漸く月に2回山行のノルマを達成できた。 天気はさほど良く無いが、人出は多い。観光バスでのツアー客で賑わっていた。そう言えば、TVが高尾山も漸く紅葉の見頃になってきたと報じていたが、ケーブルカーの駅前広場は丁度 今が盛りと云えるが、山上では天候の不順で順調に紅葉が進まずに、赤黒く枯れかかったのも多く見られた。 ケーブル駅前 権現堂 山頂 ジャノヒゲ 奥高尾で 城山山頂で 前回訪れたとき雇用創出事業でテーブルとベンチの製作中であったが、なんと天狗の像が設置されていた。 夕紅葉 稲荷山コースで

続きを読む

本土寺の紅葉

 我々のグループ“Linkage of Artistic Challengers”略してLACは、恒例の秋のハイキングに、松戸の長谷山本土寺とその近くにある大谷口歴史公園を訪ねた。  チャレンジャー達も年を経てきて何かと支障が生じ、会の行事も往年のように盛会とはいえない。  今回は、6名の参加で、11月に期間限定で実施される「秋の本土寺ミニツアー」に参加し、普段は見ることができない建物内部を巡り、回廊や茶室からの風情を探り、五重塔前の開山堂で昼食に懐石膳を摂った。  本土寺は、日蓮宗の名刹で、紫陽花寺とも呼ばれ、アジサイの名所だが、晩秋は紅葉の美しさでも知られている。ここのモミジは、住職が京都から苗を取り寄せ植え続け、現在の景観が造られたので、京都に見るような赤い見事な紅葉が見られるという。  しかし、今年は天候のせいか、まだ緑を残したもの、赤黒く枯れかかったものもあり、不揃いの紅葉だった。それに我々が訪れた11月28日は、雨に降られないのが良かったという天気で、青空に紅葉とは遠いものであったが、紅葉した風景をカメラで切り取ることで楽しむことができた。  残念だったのは、昼食の懐石膳の味が好みのものでなかったことだろう。何となく生臭さが残る。  昼食後、境内を散策してから、近くの大谷口歴史公園を訪ねた。中世には高城氏の居城「開花城」があったところで、秀吉の関東攻めで落城した。復元された畝堀や障子堀が珍しいものだそうだが、復元当時の状況は、そこにあ…

続きを読む

高尾山の紅葉

 光陰矢のごとし。月日が過ぎ去るのは速いが、歳を取ると一層速く感じられる。たとえれば、レコード盤の上の針のようなもので、中心部と外周部とでは一回転する時間は同じだが、針の速度は外周部に行くほど速くなる。だんだん加速されてきて、やがて盤上から飛び去って行くのだろう。その先は地獄か極楽か、はたまた輪廻転生か、知る由もない。  この前の日曜日に、久しぶりに高尾山に行ってから、もう一週間が経とうとしている。  足の具合が悪く、山は自重していたが、山の会のグループ・メールで送られてきた高尾山の紅葉の写真を見て諦め難く、思い切って出かけたのだった。  テレビでも紅葉スポットとして紹介され、シーズン最後の日曜日なので、駐車場を確保するために朝早く出かけたのに人出は予想以上だった。  山麗の不動院のモミジ  1号路を上りはじめて間もなく、レスキュー隊の赤いバイクが2台、サイレンをならして追い抜いていった。しばらくして、赤い小型の救急車が2台、山を登っていった。高尾消防署には、山岳レスキュー隊が常駐している。エコーリフトの山上駅の手前で急病人を収用している救急車に追いついた。高尾山とはいえ、山は用心が肝要だ。   天狗とモミジ    本堂裏手から権現堂へ登る坂道で      権現堂のモミジ 浅間神社前のモミジ   山頂で富士を眺めることができた。   奥高尾の紅葉台ではモミジが一際赤く見応えがあった。  一丁平まで足を伸ばし、晩…

続きを読む

身近の秋

 今年は例年と異なり、暑さの厳しい一足飛びに夏から急速に冬か近づいているようだが、7日の立冬以来、小春日和が続いている。こんなに続くのはめずらしい。澄み切った青空のもと紅葉が一段と美しさを増している。  立冬の夕べ、お酒が切れたので、買いに出たら、桜紅葉が夕日に映えて素敵だった。  朝、車を走らせていると、紅葉したハナミズキの並木に出合うことができた。風はしきりに落葉を促し、吹き散らしていた。  葉を落とした枝は、青空に輝く秋い実を際立たせていた。  今年は、山の秋を楽しみに、出かけることができなかったが。移りゆく秋は近くでもを確かめることができる。

続きを読む

スズカケの並木

 多摩ニュータウンの上之根大通りはスズカケの並木だ。今年も秋を迎えて紅葉が始まった。まだ緑もそうとう残っており、去年のように道の両側に紅葉の並木が続くという風景ではない。  紅、黄 緑の葉が付けた樹木が入り交じっているが、紅葉に焦点を当てて見ると、昨年よりも紅が鮮やかに思われた。

続きを読む

奥多摩むかし道   紅葉を訪ねて

 11月の連休の最後の日、勤労感謝の日が私たち山の会納めの山行となった。今回もリーダーはJBで、参加の機会が少なかった会員に配慮し、奥多摩むかし道を歩くことにしたとのこと。そのせいか、2月に高尾山で霜の花を尋ねながら暖冬で見つけられなかったときの仲間達、御達者クラブのメンバーとも再会できた。  ホリデー快速奥多摩1号にそれぞれ新宿、立川から乗車し、JR青梅線奥多摩駅で集合。丹波行きバスで水根に、ここから奥多摩駅まで約10kmの旧青梅街道が奥多摩むかし道(奥多摩湖~惣岳渓谷~氷川)だ。  天気にも恵まれ陽光に輝く紅葉が美しかった。 途中、青梅に居を定め、奥多摩の地を愛した画家河合玉堂の歌碑があった。黒御影の磨かれた碑面が反射して写真に撮れなかったが、調べて見たら、「山の上の はなれ小村の名を聞かむ やがてわが世を ここにへぬべく」と読むものと判った。明治30年玉堂24歳のときの歌である。 【青目立不動からの奥多摩湖】左上方が御前山 【水根集落の石垣】 【紅葉を透をかして見るダムの堰堤】 【渓谷の紅葉】 【大氷川橋際のイチョウ】  山行案内は、「温泉付き日帰りプラン」の惹句があったが、協議のうえ、もえぎの湯は敬遠して駅前の蕎麦屋で乾杯。冷えたビールも好し、奥多摩の銘酒「澤之井」の生酒にありつけたのは嬉しかった。手打ち蕎麦の旨いの店だが、行楽日和で人出が多かったせいか、品切れで残念だった。

続きを読む

「霜葉と二月の花」について

「霜葉と二月の花」について やはり、霜葉は美人だ。 図書館から、一海知義著「漢詩逍遙」を借り出して覧ていたら、「詩人杜牧は、なかなかの艶福家だった。中年に近づいてから十代の少女を愛し、十数年後に再会したとき、彼女はすでに結婚していたが、その容色は春の盛りの乙女より美しかった。」「こんなエピソードがこの詩の裏に隠されているという説がある」そうだ。

続きを読む

霜葉と二月の花

 霜葉は楓だ。そぞろに愛す 楓林の晩と詠じているので、明らかだが、二月の花は何であろうか。梅だという人もいる。確かに色の濃い紅梅がある。梅は花の魁けとして古来中国人に愛されてきた。だが、楓の紅葉と対比してみると、量感に乏しいのが難点である。私は真っ赤な牡丹だと思う。盛唐の頃から牡丹は花の中の花と云われた。ちょうど、楊貴妃のようなふくよかな女性がもてはやされたように、豊満な牡丹が好まれ、人々は争って牡丹を栽培し、牡丹狂いと云われるほどであったという。杜牧はこのような風潮を風刺しているのかも知れない。  女性として見るとどうだろうか。豊満な若い女性と、知性を磨いてきた歳をへた女性。..ホイットマンの詩にも「おみな二人してゆく 若きはうるわし 老いたるは なおうるわし」というのがある。

続きを読む

霜葉は二月の花より紅なり

 11月の連休はいささかこたえた。両神山から帰った翌日の日曜日は別のグループと八王子城趾へハイキングだった。紅葉の中で、戦国時代最後を告げる古戦場の跡を散策したのだが、思わぬ事態で山中を駆けめぐってしまった。  頂上の見晴台をちょっと下ったところにトイレがある。八王子神社の写真を撮ったり、近くの碑文を読んだりして待っていたが、グループの最高齢者が戻ってこない。周辺にも姿が見えない。先に行ったのかと、次の待ち合わせ場所の管理棟前まで駆け下りたが見あたらない。八王子城趾はネットで心霊スポットとして有名なので気になったが、頂上に引き返す途中漸く見つけることができた。高尾駅は北口、南口ともハイキング帰りの人たちで溢れていて、やむおえず喫茶店でコーヒーを飲んで解散した。  その後の二日間は手がけていた仕事の処理で多忙。ワープロを休んで、メールを開くと友人から日光の紅葉の写真が届いていた。西湖畔の金色に輝く楓が良い。輪王寺逍遙園の紅葉を見て、ふと、「霜葉は二月の花より紅なり」の詩句を思い出した。晩唐の詩人杜牧の「山行」で、「二月」は「ニゲツ」と読むと教えられたものだ。記憶を辿ってとうとう全文を思い出し、いささか愉快になった。 遠上寒山石径斜 白雲生処有人家 停車坐愛楓林晩 霜葉紅於二月花  お年を召した山の仲間達に「霜葉は二月の花より紅なり」と云ってやったら、さぞ喜ぶだろう。

続きを読む